部屋を出てドアを閉めると、おっさんはいきなり抱きついてきた。本当にどうしようもない紳士だな。
その上乱暴に唇を塞いで舌をねじ込んできやがった。生暖かい舌で口内を無理矢理掻き回されて吐き気すら覚えた。
想定外の行動で少し怯んだけれど、ここで取り乱したら計画は水の泡だ。
「やだ…ちょっと気が早いよ…」
俺はおっさんの胸元を軽く押し可愛げを残しながら抗議しつつ、トイレへ押し込んだ。トイレの扉は開けておく。
「ねぇ、先に脱いで…?」
おっさんを便器に座らせて裸になるように促す。おっさんは何の疑いもなくベルトを外し、ズボンをずり下げ、下半身を露わにした。
今だ!!
俺は、一歩下がるとトイレの扉を閉めて玄関先へダッシュした。トイレの中でおっさんが何か喚くのも構わず、玄関の鍵を開ける。
よし、後は靴を履いて逃げるだけ…と思ったものの、履いてきたのは高いヒール靴。これで逃げるのは得策じゃないと、俺は靴を手に持ち裸足で逃げた。
エレベーターは10階で止まっている。ここは3階。俺は非常階段を駆け下りマンションの外まで逃げ延びた。
道路を往来する無関係の通行人を見て、もうこれでもし追っ手がきても無理に連れ戻される事はないだろうと俺は激しく安堵した。
同時に涙が溢れてきた。極度の緊張から逃れられた開放感。そして見知らぬキモいおっさんにセクハラされた悔しさや情けなさ。
今、一人でいるのは辛い。誰かに傍にいて欲しい、話を聞いてほしい。
そんな気持ちでいっぱいになった。でも女装姿で会える人間なんて限られている。A子か征哉だけだ。
俺は自然と征哉にラインを送った。理由なんてなかった。手がそう動いたのだ。
“今から会いたい”
ものの数分で返事が来た。
“家、来る?”
俺はタクシーに乗り込み、征哉の家を目指した。
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